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2010年02月17日
■ 無題
ファンであるということ。あるグループ、ないし表現者が好きであるということ。それはイコールだろうか。そうかもしれない。しかしファンであるということにはそれ以外の意味が付加されるように思う。ファンとしての言動、それは「集団としてのファン」の言動の一部となる。そしてファン集団の言説の流れの中で、一人一人のファンの言動も解釈される。それは避けがたいことだ。
そういうことも含めて、ファンであるということはそのファン集団に対するある種の帰属意識、仲間意識のようなものも、多少なりとも醸成される。同じグループ、表現者を好きであるということ、趣味を同じくするものとして、相手に親しみを持ち、敬意を払い、そうしたものとしてファンであることをする。
それ故、ファンであるということはファン集団全体に対しても最低限の信頼がないと成り立ちがたいように思う。いくらあるグループ、表現者が好きであっても、そのファン集団への信頼が全く持てなくなったとき、そういう状態で私たちはファンであることがなお可能なのだろうか。
続く。
投稿者 althusser : 2010年02月17日 23:39
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