重層的非決定?

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2010年04月07日

■ 君と出会い、君を愛したね 当然の様に愛した

福井県春江町を歩く。ここを訪れたものの大半がそう書く様に、特に何もない、素朴な町並みだった。大都市圏から来たものにとってはあまりに「田舎」なのに驚くかもしれない。しかし地方から来たものにとってはただただ普通の素朴なだけの町並みだった。

駅から昼食のソースカツ丼を食しに「ヨーロッパ軒」に向かう途中、右手に小学校が見える。休み時間なのか、子どもたちの姿が見える。長く伸ばした黒髪を一つ縛りにした少女の姿。そこにこの素朴な町から華やかな宝塚の世界にあこがれて芸能界にやってきたあの女性(ひと)の面影を見てしまう私は少しおかしいのかもしれない。そんなひととの出会いを必然にした町。

「何もない」と書いたが、交通の不便さや、町並みののどかさに比して、大手チェーン店やらショッピングモールなどがここかしこにあって、「寂れた町」という風ではない。適度に賑わい、しかしのんびりしたこの町は静かな多幸感に満ちていた。

それはくだらない「データ」の大群に嫌気がさしていた私の気持ちを癒すに十分であったし、また前日に感じた幸せをまさにそのまま風景にしたものであった。

モーニング娘。福井公演、フェニックスホール。関東圏在住者が多数を占めるモーニング娘。ファンにとってかなり不便な会場。そうであればこそ、リーダー高橋愛の地元ということに思いを込めた客が多くの割合を占める。ただ好きなもの、好きな人を見たい、応援したい、そんな当たり前にしてとても人間らしい感情に動かされた人が集まった。好きなものを持ち上げるために他をくさすというこれまたある意味人間らしい嫌らしい腐りきった感情とは少なくとも今日は無縁でいられる。

実を言うとライブ自体の構成としては昨年春ツアー「プラチナ9DISCO」のほうが私は好きだ。エロティックな衣装、踊りに力強い歌唱の「情熱のキスを一つ」とゆったりと静かで清楚な雰囲気に満ちた高橋愛ソロ曲「夢から醒めて」の落差がライブ全体にメリハリを持たせていた。そしてこのソロ曲での、高橋愛のカラーである黄色を使った演出、客が一斉に黄色のサイリウムを掲げ、照明も黄色を多用し、会場全体が黄金色に輝いたその風景は何物にも代えられないものだった。

今年はモーニング娘。全体としてのパフォーマンスを重視したライブ構成ゆえ、高橋愛個人としての見せ場は控えめ、全曲楽しめるが、メリハリには少し欠けるきらいがある。

しかし、ライブはあるいは去年以上の多幸感に満ちていた。「こんなところで?というところで」すぐ泣く高橋愛が、今日も何度も泣いた。たぶん去年よりもたくさん泣いた。

昼公演、田中れいな「愛ちゃん幸せもの!」。「あんなところ(Loving you forever)で泣くとはおもわんかったけど、愛ちゃんの思いが感じられた」。光井愛佳「愛ちゃんを見て私も幸せになった」。亀井絵里「愛ちゃんのお母さんになったみたいな気持ちになった」。道重さゆみ「愛ちゃんのみんなと一緒にいて幸せという気持ちが伝わってきた。みんなが愛ちゃんを好きな気持ちも伝わった。でもさゆはみんなに負けないぐらい愛ちゃんが好きだからキスしようと心に決めた」。それを受けて高橋愛「やあ〜」と絶叫。「天国にいるおじいちゃんも喜んでくれてると思います」。

そして夜公演「愛ちゃん」コールを受けてのMC。高橋愛「皆さんからの暖かいアンコール」。田中れいな「これカットね、やり直し」。高橋愛、突然れいなの後ろに隠れて「暖かい愛ちゃんコールありがとう!」。それに併せて口パクをするれいな。華やかな世界にあこがれて飛び込んできたのに、未だに自分にスポットが当たるのを恥ずかしがるアイドルグループリーダー。そしてそんなリーダーをフォローする後輩。

新垣里沙「いつも以上の愛ちゃんの笑顔」。田中れいな「愛ちゃんリボンつけて可愛いんやね〜。そんなリーダーは置いておいて」。触れかけられて放置されるリーダー。「置くんかい!置くんかい!」。リーダーの突っ込み。リンリン「実はリンリンの地元と愛ちゃんの地元は姉妹都市なんですよ。お姉ちゃんお帰り〜」。ジュンジュン「愛ちゃんのおばあちゃんの差し入れの苺、美味しかったよ〜」。道重さゆみ「今回もさゆのキスは拒否されたけれども、ファンの皆さんの愛は受け取るんですよ。だから今日だけはみんなに愛ちゃんをあげます。さゆみたちみんなリーダーをたよりにしているし、みんなにも愛されていて、そんなリーダーの元でモーニング娘。でいるさゆみは幸せです」。後輩皆から「愛ちゃん、愛ちゃん」呼ばれてご満悦のリーダー。

最後の道重さゆみの言葉を受けてまた半べそで「いいこというなよ〜」。沸き起こる「愛ちゃん」コール。「ほんとに頼りにしてくれてるんだ〜」。自分が頼られているという実感をいまだに持てずにいちいち確認しては喜ぶリーダー。さゆ「噛むところは置いておいて頼りにしてますよ」。「今日は噛んでないもん!」。噛むことをいまだにまじめに気にしているリーダー。

そして訛り全開で「また福井に帰ってこられる様にがんばるでえ、応援よろしくお願いします!」。

「一人一人にありがとうっていいたいけどお、時間がないんでえ、大きい声で言います。(マイクをそらして地声で)ありがとう!」。「みんなに支えられて本当に幸せやなって思います。一緒に年齢を取っていきましょうね」。最後に投げキッス。

ライブ後会場に響く。安倍なつみライブではおなじみのコール「愛ちゃん最高!」。

それは外から見ればありきたりな、予定調和の感動なのかもしれない。メンバーの地元でライブをやれば、「ファン」なら盛り上げて当然なのかもしれない。でもそんなありきたりかもしれない幸せに私は浸っていたかった。多くの人に愛されている高橋愛を見て、感じて、私は幸せだった。でもさらに欲深くもっと多くの人に愛されてほしいとも願った。そしてその実感をもっと強く感じさせてやりたいと祈った。ずっとどこかしらに不安を抱えている様にも見える彼女に確かなものを感じさせてやりたいという不遜な想いが、彼女に「出会った」時からずっと私にとって彼女への吸引力になっていた。

そんな高橋愛をはぐくんだ町、春江町、取り立てての特徴もないこの町に、この素朴で、私にとっては少し懐かしい感じのする景色にお別れをして福井市内に戻る。

福井市内。桜を見に足羽川へ向かう。川沿いに桜並木。まだ満開には至らない。初々しさを残しつつ、凛々しさを感じさせる。まだまだ美しくなる、その無限の可能性を秘めて。

足羽山に登る。足羽神社の垂れ桜。幾重にも重なった桜色の波。華麗。まだ花びらを散らすには早く、もう少し時間を経ればさらに美しくなるだろう。

足羽山中の桜はまだ蕾が堅く、ひたすら初々しい。素朴・純朴だが、数日後に来たるべき華麗に舞う桜吹雪の風景が頭の中に重なる。

高橋愛の中に併存しているおぼこい純朴な田舎娘の姿と洗練されたエロティシズムを感じさせる姿とをいちいち桜の中に見ていた私は少しおかしいのだろう。女性を桜にたとえるというこの陳腐な連想が、しかし私の中ではしっくりきてしまった。桜を見ている私の目には、前日の高橋愛の姿が確かに浮かんでいた。

オープニング、ピンクの衣装にウサギの耳。高橋愛の年齢的には少し微妙な衣装。松浦亜弥ならこの衣装を渡されたとして、どんな顔をするだろうか。安倍なつみが同年齢の時にこの衣装を渡されたとしたら、どんな顔をするだろうか。高橋愛は少し恥ずかしがっただろうか。それとも道重さゆみと一緒に単純に「可愛い」と喜んだのだろうか。全く想像もつかない。

ステージにいる高橋愛は、どこかしらきょとんとした感じで、きまじめにコミカルなダンスを踊る。がに股も様になっている。餅つきの動作も絵になる。かわいらしさの中に真剣な表情が垣間見える。

衣装チェンジ。本ライブ中随一の露出度の高い衣装。「情熱的」な曲が並ぶ。特に「愛して愛してあと一分」は振り付けもエロティック。身のこなしもしなやかで、女性の美を全身で表現している。

中盤から終盤にかけてはステージ所狭しと走る、走る、跳ぶ、跳ぶ。落ちたら大けがをしかねない舞台装置、走りにくそうな靴なのに、結構なスピードで駆け回り、かなりの高さで跳躍する。

そして本編ラストの曲「Loving you forever」。これまた実を言うとこの手の曲調は私はあまり好みではない。なんとなく作り手の「感動しろ」というメタメッセージを感じてしまって、正直ちょっとうざったいのだ。でもこの清らかな曲調とそして圧倒的にくさい歌詞が、今更ながら心にしみた。昼公演、自身のパートで少し涙ぐみ、声が乱れる。一瞬幼子に戻ったかの様な歌声。そんな純朴な姿がこの曲の清らかさと調和していた。うざいほどのこの曲の清らかさ、それが今日は心地よかった。

純朴さと華麗さと、ナイーブさと脳天気さと、危うさと凛々しさと、その時々に様々な顔を見せつつ、しかしどの顔も確かに紛れもなく高橋愛その人である。そんな揺らぎに満ちて底知れぬものを持ったひとだからこそ、この期に及んで未だに気持ちがざわつくのだろう。そして高橋愛に出会わなければ、きっと私の心はもっとずっと平穏だったろう。

私が高橋愛に初めて出会った時には、ただただ純朴で、ナイーブで、常に不安を抱えていて、まだ堅い蕾の様な少女だった。そして時は流れ「大阪恋の歌」でセンターをつとめる姿を見て、不安感が前面に出ていた少女の中に凛々しさが宿っているのを見たとき、私は当然の様に彼女に惹かれていったのだった。