2009年08月15日
■ 陰日向に散る
「ずっと表現者でいてください」
「はい、がんばります」
*
想像していたよりもよどみなく会話は終わった。「はい」のまえに「え?」とか「あ」とかが入ると思っていたが、思いの外、すんなり返事が返ってきた。想像していたより0.8秒短い一瞬の逢瀬。時よ、止まれと思う余裕すらなく。
格好付けて、別れもよどみなく。彼女の手にあと1.3秒長く触れることも出来た。でも僕は未練がましい男でいたくはなかった。
それでも僕は本当はどうしようもなく未練たらしい男なのだ。未練たらしくほんの一瞬振り返ってみた。でも彼女はもうこちらを見ることはなかった。
すべてが終わった。あとはただ、もう死んでもいい、と思った、そんな夏の想い出。
*
艶やかな長い髪、その中には白くはにかんだ笑顔。
「ありがとうございます」。向こうから話しかけてきた。それが一瞬の逢瀬の始まり。ショッピングセンターの階段で2時間、人群れる広場で2時間待ってようやく会えた。あこがれの彼女。普段は僕はただ彼女を憧憬のまなざしで遠くから眺めるだけだ。小柄なのに躍動感があって格好いい。妖艶な表情を見せるかと思えば、驚くほど幼い表情も見せる。僕はそんな彼女を何千分の一、何万分の一の存在として見守るだけだ。でも今10秒足らずだけ一対一で目の前にいる彼女は堂々としているようでいて、どこか緊張しているようでもいて。堂々たる格好良さと、どこかにかいま見える不安定さと。そんな彼女がとても愛おしく思った。もし僕が彼女のために何かできることがあれば、それはどんなに素敵なことだろう。
*
「なにこれ、こういうポエムって基本的に読むに耐えないんだけど」
「いや、純粋無垢な18歳の少年のささやかな恋心を小説にしたものなんだけど」
「何かシチュエーションがいまいちよく分からないし、全体的にキモいし。せめてもうちょっと面白くできないの?」
「まあ、続きを読めって」
*
彼女のためなら死んでもいい。もし暴漢が彼女を襲ったら、僕が彼女の盾となる。彼女の前で僕が倒れる。僕が最後に見るのは彼女の顔。そんな妄想の中の妄想を反復する。
僕は彼女のすべてを愛せる。彼女が世界を敵に回しても、僕は彼女の味方でいる。そんなありきたりの妄想がなぜかリアルに感じられる。
彼女が覚醒剤をやっていても、僕は彼女のそばにいる。彼女がヒトラーを信奉すれば、僕も一緒に「ハイルヒトラー」と唱えよう。
彼女が裸の男の死体のそばにいても、僕は彼女の味方だ。僕は一切ぶれることなく、彼女の味方だ。
*
「なにこれ?こういうの面白いって思ってんの?単に悪趣味なだけじゃない。ていうか、そもそもこれ18歳の少年の話じゃなくて、アラフォーのキモいおっさんである君の話でしょ?なにごまかしてんだよ?」
「待て待て。俺の話のわけないじゃん。俺には山梨まで会いに行くリアル彼女がいるんだぜ。こんな妄想、冗談でも俺が抱くわけないじゃん」
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