重層的非決定?

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2009年08月16日

■ 膳所大津パルコ

前のエントリは最後の落ちを思いついちゃったんで書かないわけにいかなかった。後悔はしていない。

妄想から逃れる根拠もまた妄想だ、という妄想の無間地獄がテーマ。蛇足な解説だけれど。

「悪趣味」な部分はなんというか、たまたま「裏切られた」とか言っている人を見かけて、それは確かにそうなのだろうけれども、それでもファンたちには彼女の味方でいて欲しいな、という気持ち。ちなみに私はのりぴーよりものりりんな人だったので、のりぴー自身に対しては特に何の思いもない。えーと、のりりんが誰だか分かりませんか、ああそうですか。

と己の尻ぬぐいをしたところで、普通のレポートを。

去年亀井絵里と光井愛佳がラジオの公開放送で訪れた膳所大津パルコ。そのときは仕事で夕方になってからしかいけなかったが、握手会の様子も見て、結構いい雰囲気だった記憶が未だに鮮明にある。そしてその大津パルコになんと滋賀出身の光井愛佳とともに高橋愛が今度は来るという。やはりラジオの公開放送、そして新曲発売記念握手会。握手会には必死にならない、といっているけれども、ほとんど地元に高橋愛が来る、というのは行かないわけにはいかない。膳所は大阪などからの交通の便もいいし、それほど辺鄙な場所でもないのだけれども、それでも人の集まりはちょっと不安。せっかく娘。メンバーが来るのだから枯れ木でも少しは賑わせたい、という気持ち。

握手会参加券つきCD販売は15:00から。CD何枚売るのかは分からないけれども、万が一売れ残って、複数回握手するために複数枚購入するいわゆるループする人が出るぐらいなら、私が買おう、と思う。そうならば15:00に着けばいい。その時点で盛況で売り切れなら、それはそれで良し。

でもそんな殊勝な気持ちは朝起きたら消えていた。やっぱちょっと早い目に行こう。何となく急いた気分でJRの最寄り駅に向かい、そこからは普通列車で30分弱。膳所からは徒歩20分足らず。13:00過ぎには着いてしまった。もう完全に握手会参加モード。いそいそと列に並ぶ。大津パルコ内の階段に列が出来ていた。列は長々と続き、結局6階まで。概算200人強。CD発売数は去年の例では300。どうやら買えそうだ。

そうはいっても列は離れられないので、2時間、ひたすら階段で暇をつぶす。なんと生産的な時間だろう。やらなきゃいけない作業があるのに、「アイドル」と握手するために階段で無駄な時を過ごす。なんて素敵な生き方なんだろう!

15:00、列が動き出し、CDは無事購入。CDはやはり300しか用意していないようで、後ろの方に並んでいた100人前後の客は購入できず。当然「ループ」なんてできっこない。十分盛況。枯れ木なんて全然いらなかった。

握手会の前に18:00からラジオ公開放送が始まる。すでに場所取りが完了していて、後方の立ちスペースしか場所はない。さすがにそこにまた2時間以上とどまる趣味はないので、パルコ店内をうろつく。今回CD販売を請け負ったタワーレコード、書店、疲れたので飲食店街に行って一休み。それでも時間が余る。まあいいかと思って会場前で立ちスペースを確保。1時間あまり突っ立つ。生産的な時間だ。

18:00。ラジオ番組スタート。そして光井愛佳と高橋愛が登場。ブース内からの放送なので、当然客の声なんてほとんど聞こえないはず。それなのに必死で声援を送る観客たち。ある程度はいいんだけれども、奇声としか思えない声を張り上げるのは勘弁。ライブ会場でやられてもいらっと来そうな掛け声を公共のスペースでするのが応援だと思っているのだろうか。単に自分が叫びたいだけだよな。琵琶湖に向かって叫んでこいよ、と思う。

大勢の人だかりに、買い物客も足を止めて何をやっているのか、興味津々の様子。でもブースの様子は後方からではなかなか見えない。貼ってあるポスターを見て「モー娘。だって」と確認する人多数。光井愛佳も滋賀出身として結構知られている。大半は、ちょっと見てみたいけれど、見えないのならまあいいか、という感じで立ち去る。勿体ないけれどもこればかりはどうしようもない。

司会が二人いる番組なのに、時々進行表のようなものを高橋愛に確認させている。光井愛佳にはそれがない。なんだかんだリーダーというのはいろいろ仕事をしているものなのだ。

2007年段階ではちょっと微妙な雰囲気もあったこの二人だが、今はすっかりうち解けている。ここでもさりげなく高橋愛がお姉さんっぽい振る舞い。なんだかんだリーダーというのはたよりになるものなのだ。

番組終了。引き続き握手会。握手券を持たない人も握手会の様子は見られる。しかもかなり近くで。去年はそれでいい思いをした。今年もそれでいいかな、と思ったのだけれども、参加券をもらってしまった。

指定された場所でならび、握手会が始まったことを音で知る。すると「すごい低速だぞ」と触れて回る人がいる。「低速」とは一人あたりの握手時間が長いこと。主役が二人、参加者が300人、普段の握手会に比べて「低速」になるのは予想されていたことと言え、あらためてそういわれると心が騒ぐ。

列が進んで握手会の様子が見える場所に来る。ならびは高橋愛が先。前回握手会で言えなかったことを言おうと心に決める。光井愛佳には何を言おう。「可愛いね」とか「歌、いい感じだね」とか上から目線のことは言いたくなかったし、さりとてとっさに言葉が見つからない。無難に「がんばってください」ぐらいか。

握手券を係員に渡して壇上に上がる。間近に高橋愛がいる。でもいつも見ているのと同じく遠くにいるように感じる。決して身近には感じられない。私にとってその距離感は大切だ。

「ありがとうございます」、向こうから声を掛けてきて、こちらの手を握ってくる。当たり前だが手慣れたものだ。普段の握手会ならもうすぐに次に移動しないと流れを妨げるぐらいなのだが、今日はそのまま次に進むわけにはいかない。

「ずっと表現者でいてください」

インタビューでも彼女自身がたびたび言っている思いをことさらにお願いするのもおかしなものだが、それでも私が高橋愛に込めた思いの第一はここなのだから、これ以外には浮かばなかった。

同じことを言うファンが当然、たくさんいるのだろう、よどみなく返事が返ってきた。「はい。がんばります」。これまたこれ以上にはないある意味定型的な言葉。でもそれで十分だった。

のに、前がつっかえている。次の言葉を発することも出来た。もちろんそんな準備はしていない。それにそれをすれば、今度は私が「粘る」ことにもなりかねない。それで会釈だけして手を引いた。え、もういいの?一瞬そんなとまどいのようなものを感じた。私のことを光井愛佳本命のファンだと思ったかも知れない。

次は光井愛佳。満面の笑顔。高橋愛よりもずっと近くに感じられる。妙な現実感。でも語りかけるべき言葉は用意していない。「がんばってください」とありきたりなことをいい、「ありがとうございます」とにこにこと返事をもらう。それでも時間が余って、会釈をすると彼女も頭を下げてきて、ちょっとの時間二人で頭を下げあった。妙な時間だった。

あとは見物客の中に戻って握手会の様子を見守る。いろいろ厚かましげな要求をする客も数名。まあ、いい。

握手会が終わって、会場からさる二人を見送って、さあ帰ろうと思うと、人だかりが。どうやら「出待ち」をするらしい。それもイベントの一つ、ぐらいの雰囲気だったので、まあいいかと思って、私も見守ることにする。

待つこと十数分、私が想定していたよりもずっと近いところから二人が現れる。衣装はすでに着替えていて私服の二人。でも公然と出ていったときのことなのでいいだろう。高橋愛は上下グレーのカジュアルな感じの服だった。表現が乏しい。記憶も曖昧。ただ「スター」という雰囲気ではなく、そこらの女の子という雰囲気だった。いっぽう光井愛佳は黒のちょっとおしゃれな感じのドレス?年齢からすると、あるいは今日の衣装と比べても、大人びた雰囲気。

ほとんど丸一日つぶして、しかもその大半がただの待ち時間という一日だったのだけれども、それでも参加して良かった、と思った。高橋愛とは3度目の握手。なんだかんだ最多。

それでもあらためて言うのも何だけれども、私は彼女と握手したいわけでも、ましてやお近づきになりたいわけでもない。私は確かに彼女に「惚れて」いるけれども、それはパフォーマーとしての彼女に対してだ。「ずっと表現者でいてください」というのはつまりそういうことだ。

投稿者 althusser : 2009年08月16日 23:14

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