重層的非決定?

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2005年10月18日

■ ガキさんが泣いた日

ガキさんこと新垣里沙さんが誕生日を迎え、娘。コンサートでファンが盛大に声援を送ったという。感激のあまり、ガキさん涙をこぼしたというレポートを読む。

そのレポートを読んだのが仕事帰りの電車の中。不覚にも私も泣きそうになった。ガキさん一人に向けられた大声援。参加もしていない私が言うことではないが、娘。ファンとして背負ってきた重荷を下ろした気持ちだった。

2001年加入当初の頃を嫌でも思い出す。それはおぞましくも不思議な状況であった。まだ5期4人の加入が決まったばかり、まだ私などは新メンバーの個性やら何やらをつかむ前に始まったバッシング。2chとか(そのころあったかどうかも記憶にない)Yahoo掲示板とか、そういう吹きだまりのようなところはさしあたりどうでも良い、大手のファンサイトの掲示板でもバッシングが公然となされ、それが管理サイドで黙認されるような状況。そうして「現場」、コンサート会場でもそうした空気が明確に出たと聞く。

一般にハロプロファンは、ネットではバッシングばかりをしているものたちだ、とイメージされることもあるかも知れないが、少なくとも「現場」はそういうことはなかった。実際お金を払って会場まで見に行くものたちだ。ネットで、口先で、ファンだなんだと言っているものとは意味が違う。しかしそうした現場でも新垣さんに対する否定的な空気が流れる、それはまさに「異常」と言うしかなかった。

私は、早い段階からガキさん(とは当時は言わなかったが)贔屓だった。もちろん安倍ヲタなればこそだ。なんと言っても新メンバー4人で、あこがれの人を皆が「後藤さん」と応える中で、「安倍さん」と言ってくれた人だ。可愛いに決まっているではないか。

さらによく言うことを聞けば、新垣さん、普通に娘。ファンで、コンサートにも行き、安倍さんのグッズなんかを買って、「なっち〜」と声援を送っていたという。そうして娘。にひたすら一途にあこがれ、オーディションを受け、念願の娘。入りを果たした。後藤真希の再来ならぬ保田圭の再来だ。自分がスターになりたいのではなくて、少しでも娘。に近づきたい、娘。を支えられるものなら支えたい、例え「一推し」にしなくても、娘。ファンなら皆が娘。自身を、ひいては自分の推し面を支えてくれることに感謝しなければならない存在ではないか。

私は柄にもなく、某大手ファンサイトの管理人に、バッシング書き込みを放置したことを抗議し、今後の善処を求めるメールを出したぐらいだ(管理人の一人である加護「右翼」として知られる人から丁寧な返事をいただき、私の知る限り状況は改善された。その管理人氏は彼なりにいろいろ運営には悩んでいたわけで、決して黙認していたわけではなかったということもわかった)。

いつからだろう、ガキさんの「娘。愛」は娘。ファンなら皆が知るところとなった。しかしその前に我ら娘。ファンがガキさんにした仕打ちのひどさは簡単に返済できるものではなかったはずだ。

ファンの声援に、ガキさんが感激し、涙をこぼした日。借金は完済できたのかも知れない。

投稿者 althusser : 2005年10月18日 00:00

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