2005年09月15日
■ 思考メモ
仕事がせっぱ詰まってきていて、かなりフラストレーションがたまっているので、それを解消するための殴り書き。あるいは今後の更新メモ。
諸個人の選択と社会状況との関係を社会科学的な視野で見定めること。
死者をむち打つな、という論理、死ねば皆仏様だなどという論理で、当時の社会状況全体を免罪化することは出来ない。
戦争の免罪化は以下の筋書きで達成される。
死者を敬え→死者の選択に敬意を払え→戦争に荷担した軍人を責めることは出来ない→戦争は一般的な悲劇であって、死者はすべて被害者であり、誰かを批判するのは間違いである→戦争は災害などと同じもののごとく扱われる(批判の対象ではなくなる)
この筋書きのどこに飛躍(嘘)があるのか。こうした詐術を見破れなくなっている現代日本の状況。社会科学教育の貧困。
そしてこの詐術的論旨展開は各所で敷衍される。たとえば選挙結果批判への牽制。様々な社会批判を無効化させ、ひたすら現状肯定の論理を反復させる魔の論理。
同時に現状変革の魔の論理もあるはずだが、今思いついたところなので、時間があるときに考える。いずれも個人と社会とのずさんな理論付けによるものであるはず。
投稿者 althusser : 2005年09月15日 00:00
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