重層的非決定?

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2005年08月29日

■ 病原体

個人的な仕事の愚痴。

私は自分以外の「他者」を「馬鹿」だと思う気質は確かにあって、今日もそういう思いをしてきたのだけれど、考えてみれば当たり前の話だが、私以外の人もそういう風に考えている人はいるものだ。

「お、あなたも私と同類ですか。本当に困ったもんですなあ、がはは」となればよいのだが(よいのか?)、そうはいかない。他者を「馬鹿」だと思うプロセスが違うのだ。

私はたとえば目の前にいる人間の具体的な発言だとか行動だとか、ネットやほかのメディアを介しても、そこから伝わる具体的な発言を聞いたり読んだりして「馬鹿」を判定する。逆に読まれているかも知れないが、実はたとえば「若者一般」を馬鹿だとは思ってはいない。現在の言説状況に憂慮するところはあるが、そして一定の言説を生産する主体を「馬鹿」とラベリングはするが、特定の世代、いわゆる「若者」と呼ばれる世代に属する人間一般に関しては、現状はどうあれ、潜在的な能力や感性には究極的には絶対的に肯定的な思いを持っている。

だから逆にたとえば大学生一般を馬鹿と見積もり、それを前提に話を進めるやつとはどうにも共感が出来ない。結局そういうやつがやろうとしていることは、相手を低く見積もることで己の仕事の質を下げる言い訳を手にしようとしているだけなのだ。

そういうやつが「評論家」をしているぶんには一行かまわないが、教育産業に関わられると、「おまえは己の馬鹿を伝染する気か」と一括してやりたくなる。

投稿者 althusser : 2005年08月29日 00:00

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