重層的非決定?

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2009年07月12日

■ 「果たして彼女は戻ってこなかった」

予想どおり、予定調和的に、去るべくして彼女は去った、のだろうか。

℃-uteメンバーの有原栞菜さんが外反母趾の治療のため、今年2月以降活動を停止していたが、結局そのまま引退を表明したとの報。それを巡ってファンブログ界隈では「やはり」、「おそれていたことが」というような言説で満ちている。

たしかにそういう「予想」がされていたことは知っている。そしてそういう「予想」を的中させた人からすれば、まさに「予定調和」の産物として、この結果は映じるのだろう。

そしていつもの想像(妄想)混じりの陰謀論的「分析」、そしていつもの事務所批判。

私にはわからない。今年の2月まで、何の問題もなく活動できていたのに、それ以前の「古傷」をことさらに読み込み、それが彼女の活動停止、そして引退の原因とする分析をする妥当性の根拠が。時系列的に合理的な説明が出来そうには私には思えない陰謀論的分析を垂れ流すことの意義が。少なくとも私は読んでいない。「古傷」が「今」になって浸食しはじめたという分析の合理的説明を。

そういう分析を垂れ流し、「古傷」の存在を反復することのほうが私にはよほど彼女を毀傷しているように思えるのだが、などと書いている私もまさにその言説に連なっているわけだが、陰謀論的な分析大好きなこの界隈の言説にささやかな抵抗をどうしてもしておこうと思った。

忙しく走り続ける毎日、心おれそうになることがあっても必死で食らいついた芸能生活の中、療養生活を余儀なくされ、ふと立ち止まったとき、どっと疲れが出る。マラソンランナーが立ち止まったときのように。もう走れない、そう感じたのではないか、というのももちろん想像の産物だが、でもありきたりなこの想像を否定しなければならないだけの理由がどこにあるのか。再び走り出せるものなら走りたい、走らせたい、そういう彼女と事務所とのあり得べき5ヶ月の葛藤を頭から否定しなければならないだけの根拠はどこにあるのか。陰謀論を吹聴することは、彼女の芸能生活をリスペクトすることに繋がるのか。

私にはわからない。


事務所批判の大勢は「説明が足りない」ということだけれども。

『℃-ute 有原栞菜』に関する大事なお知らせ

確かに足りない。でも足りないなりに理解は出来る。

そして「足りない」から説明を尽くせ、はまだしも、「嘘でもストーリーを作れ」というような主張があったりして呆れる。「嘘」って何だよ、と。裏ばかり読んでいるから、やや説明不足気味なこの「お知らせ」が致命的に穴だらけに見えるんだろうけれども、変な裏読みをしなければ、この説明でもそれなりに状況は理解できる。そしてそれ以上の細かな状況をすべてつまびらかにするのが正しいとも一概には私は思わない。そういう意味ではこの説明不足なお知らせのあり方も私はそれなりに納得も出来るのだな。もちろんファンとしてこの結果自体が納得できない、というのは心情的にはもっともで、それを否定する気は一切ないのだけれども。

投稿者 althusser : 2009年07月12日 16:41

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