重層的非決定?

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2009年03月18日

■ オウム真理教を蔑称ネタとして用いること

ハロプロ大手ファンサイトにおいて、設立当初から運営に関わっていた人が、現在運営の主導権を握っている人の逆鱗に触れる発言を当該ファンサイト外部の別サイトにおいて行い、ファンサイトから「追放」。

この一件が多少話題になっている。

もめ事はそのサイトさん内部の問題で、外部からあれこれいうことでもないけれども、微妙に妙な論点で語られているところがある気がしたので、ちょっとだけ私の思ったことを書いておく。

切られた側は饒舌にいろいろしゃべっているのにたいして、切った側はあまり多くを語っていない。 「何度も時間をおいて読み返したがどうしても譲れない部分があった」とだけ指摘している。ここが具体的に何を指しているかが分からないだけに、あれこれいわれることになっている(そして私もあれこれ言うのだ)。

「追放」された人は自サイトにおいてAKB48の握手会に行き、その楽しさをレポートし、その際にハロプロの握手会のひどさについて触れた。そしてもうハロプロにこだわらずに、AKB48のほうに来たら、という勧誘を行った。

非常に雑ぱくに状況を説明するとこういう感じ。それで「追放」されたということで、ハロプロファンとAKB48ファンの気持ちのすれ違い、みたいな文脈で解釈して、ハロプロの「余裕のなさ」を言い立てる人がいたけれども、ちょっと違うんじゃないかと思う。

問題となった記述、ハロプロに拘泥するファンを「オウム真理教」に見立てて、「ハロプロサティアン」とか「ポア」とかいう言葉を用いていた。

私が「譲れない部分」を感じるとしたら、まさにここにある。

前にヒトラーを話題にしたことがあったけれども、それとある意味同じ構造。「オウム真理教」というのは今なお私たちの心の中に様々な思いや傷を残している。すくなくともこの更新をした人も私と同年代ぐらいだろうから、今の何も知らない「若者」と違って、そういう状況についての記憶ぐらいはあるだろう。そしてその記憶があれば、「オウム真理教」を単に人を誹り、笑い者にするためネタとすべきではない、ということを感じるべきだと私は思う。2chではそういう馬鹿な言葉が充ち満ちているけれども、この人はそういう2chのノリを「外」のファンサイトにまで持ち込んでしまった。この人には前からそういう言動はたびたびあって、私もかつて直接メールで糺したことがあった(黙殺されたけれど)。その悪い面が今回あからさまに出た、ということだと思う。

部外者としてみて、さて私が管理サイドだったら、と考えてみたが、私だったら「イエローカード」を出して、いきなり「切る」ことはしなかっただろうとは思った。それはそのサイト構成の問題だ。問題となった発言を行った場所は、当該ファンサイトから直接リンクをはられていたわけではなかった、一応別所での言動ゆえ、その言動でもってサイトから「追放」というのはやや違和感は感じる。

ただ「切った」側の「どうしても譲れない部分があった」という思いはそういうサイト構成といった理屈を越えた思いだったのだろう。それは「ハロプロファンのAKB48に対する余裕のなさ」などというような理屈付けとは全く異質なものだし、こういう「分析」をして悦に入っている人も実にくだらない。

投稿者 althusser : 2009年03月18日 00:54

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