重層的非決定?

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2007年10月01日

■ 恋をしちゃいました

アイドルに恋をしたっていいと思う。「疑似恋愛」なんて言葉もあったりするが、疑似ではなくて、本当に恋をしてしまってもよいと思う。恋をすれば、独占欲のようなものも持つだろう。相手の異性との関係に嫉妬もするだろう。そして恋愛話が表に出れば、振られたと思うだろう。

振られれば泣けばいい。それが客観的に惨めだろうと、「俺の青春を返せ」とでもわめけばいい。もっと見苦しく「俺が費やしたn万円を返せ」と言ってもいいと思う。どうせ振られた側は惨めなものだ。

そして本当に振られた者はそうして見苦しき姿をさらすか、あるいは格好をつけて、相手の幸せを願う、とか何とか言ってやせ我慢するものだ。そして多くのものは別の恋を探す。あるいはアイドルを「アーティスト」として応援している者に連なる。

あるアイドルの恋愛発覚を大仰に非難している者の多くは、実際にはそのアイドルに恋している者ではない。誰か別のアイドルに恋をしていて、そしてその恋がいつか確実に終わるという当たり前の予感におののいて、そのおそれから目を背けたくて、おそれを予感させた事象をもっともらしく非難しているだけだ。「僕が好きな某ちゃんに悪影響が出る」。

振られるのは誰しもいやなものだ。だから自分が恋をするアイドルの異性関係が無きことを願うのは当然だ。しかしそうした願いを正当化して「規範」を振りかざすのはあまりにも見苦しい。

クラブの女性に恋をして、その女性に恋人がいることが分かって、店に強硬にクレームをつける客がいたら、その客は店から出入り禁止を食らうのではないか。そうはならずともあまりにも無粋な言い分として誰にも相手にされるまい。まして同じ店の別の女性の恋愛が発覚して、「僕の某ちゃんに伝染するから、そいつを辞めさせろ」などといったら正気を疑われるだろう。

疑似恋愛対象となりがちなアイドルに恋が発覚すれば、人気面で打撃を受ける、それはある意味仕方のないことだ。だから事務所としては何とか対策を立てようとするところもあるだろう。それもある意味仕方のないことだ。しかしそれはファンが、正当な権利として要求するようなものなのか。「振られたくない」はいい。しかし「俺を振るな」は「疑似」であれ、恋としてはいかがなものか。

投稿者 althusser : 2007年10月01日 22:30

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