重層的非決定

モーニング娘。

L. Althusser

(たとえばモーニング娘。とアルチュセールを*同時に*語る、ということ)

日々思いついたいろいろな話を無責任に書きなぐるモノローグ

二つの問い

原爆の話の続き。

原爆投下がなされた原因として、アメリカ国家の都合として説明されるのが「ソ連の参戦前に戦争を終結させたかった」というものがある。そうして話の焦点は当時の国際情勢に移っていく。この説明は「日本が分割されるのが避けられたのは原爆による早期終戦のおかげである」という「言い訳」としても機能するのだが、しかし真に言い訳をしている相手は日本ではないのだろう。

「政治的な判断」、そこにはアメリカ政府の判断の過ちの可能性への言及も招く。そこでなされる問いかけは以下のものとなる。

原爆投下は果たして必要でしたか?

この問いを発せられる「隙」を残してもなお、原爆投下は政治的な問題であらねばならず、そうであることによって自らの責任を免罪化できた人たちがいたのではないか。

原爆投下は当時の国際情勢に沿った形でのアメリカ国益を守るために行われた、のが主ではなかったのではないか。原爆投下は、政治的な判断に基づく過ぎたる攻撃、などではなく、端的に「実験」だったのだ。十数万人の人々の命を犠牲にした人体実験。それこそが主であって、国際政治上のアメリカの国益、などというものさえ、言い訳に過ぎないのではないかと思えてきたのだ。

原爆投下が政治的な判断であるとするならば、その過ちで責められるべきも「判断」の過ちである。しかし原爆投下が大量虐殺を前提とした実験であるとするならば、その過ちで責められるべきは「良心」の欠落である。ここではもはや「必要か不必要か」は論点にもならない。そしてそれは原爆投下に関わった人には認めがたい責め、自己の人間としての存立に関わる責めになるのだと思う。

あなたは原爆の被害状況を聞いたとき、その結果に満足できましたか?

[248] はたの (2007/11/28(Wed) 23:57:54)
投稿パス:


名前:  題名:

パスワード: