重層的非決定

モーニング娘。

L. Althusser

(たとえばモーニング娘。とアルチュセールを*同時に*語る、ということ)

日々思いついたいろいろな話を無責任に書きなぐるモノローグ

アドルノ!

私個人のメモ。他人が読んでも意味なし。でもどうしても一言突っ込まずにはいられないのだ。王様の耳はロバの耳。

「問題はビジョンの有無ではなく道重さゆみへの誹謗中傷である」

「道重造反」という文章で、道重さゆみに投げつけられた言葉は、(上記エントリでは「下衆の勘ぐり」と表現したが)、明らかな誹謗中傷である。一般人や一般企業に置き換えてみるならば、「あいつは実力もないのに社長に取り入っておねだりを繰り返しているフシがある。そうして美味しい仕事を貰って嬉しいのか」「あの企業は実力もないのに監督官庁に取り入って業務を受注している」というのと何ら変わらないことを言っているのである。それは刑法231条(侮辱罪)や233条(信用毀損罪)に該当してもおかしくない発言だと私は考えている。

他者の、アイドルがラジオでおこなった発言に対する批評に対して、刑法を持ち出し、

「これ以上言いたければ御自分のブログでどうぞ」とコメントを拒絶したつばめ氏。「もうわたしのブログにはコメントしないでください」とコメントを拒絶したはたの氏。そして今回、わたしの真摯な疑義には一切答えずTBを反映させないようにしたハッチマン氏。この3者を並べたとき、私は深い驚きを禁じえない。この3者がいずれも高橋愛のファンであることは単なる偶然なのであろうか、それとも何らかの内的な関連性があるのだろうか。その点について精神分析学的観点から考察したら、何か興味深いことが分かるだろうか。

「お前とは話しても無駄」と言われると、末代まで(笑い)逆恨みし、

「アンジェラスさんが誹謗中傷に同調しないことが分かって安心しました」のサイト主自身のコメントより。

誹謗中傷。これを今「1+1=4」と表現する。

誹謗中傷はいけない。という主張を「1+1=2」と表現する。

 「1+1=4」の主は、「1+1=2」の言い方がイヤミで不快だったから「1+1=4」を撤回できないと言う。これは甘え?責任転嫁?アタシはアンタのママじゃない。

かと思えば、「1+1=2は確かに正論ではあるが、それでは相手のメンツも立たないし、現場で顔をあわせたときにバツが悪いので、ここは妥協点を見出して1+1=3ということで手を打つのが大人の態度ですよ」という人もいる。ま、たしかに世の中は無数の1+1=3で成り立っているとは言え(深いため息)。

「1+1=2」だと指摘した人間が「1+1=4」を個人的に許容したところで、「1+1=4」が虚偽から正答に変わるわけなどない。また「1+1=4」は悪気がなく根はいいヤツなんだ、と言ったところで「1+1=4」が正答になるものでもないし、「1+1=2」だと指摘した人間に「1+1=4」を許容する権利や資格があるわけもない。

本質的には以上。

アイドルの発言への批評に対する「誹謗中傷」という己のレッテル張りは「1+1=2」と同等の正当性を有していると勝手に決め込む。

「モヲタ言説空間におけるコミュニケーションの可能性について」での同じサイト主の発言。

>itaさんは、ハーバーマスぽいなって

よく知らないし、ハーバーマスは理解しがたいんですが、直感的には、どうも好きになれません。

近親憎悪??

あの討議的理性とか、独特の立憲主義思想が、どうも眉唾に思えます。

アドルノが生きていたら、痛烈に批判するだろうと、思わなくもない。

僕は自分では、アドルノの徒だと最近感じております。

いつも怒っているような感じとか、極端なところとか、シェーンベルクが大好きなところとか、

自分では似ている気がします、アドルノの文章も難しくて、なかなか理解が及びませんけれど。

で、自分はアドルノの徒である、と。どこがやねん(爆笑)。


それからするとこの人を「ハバーマス」っぽい、と指摘した人は結構鋭いとはいえるかもしれない。もちろん超劣化版ハバーマスだけれど。というかハバーマスの名前も出してほしくないけれど、でもアドルノかハバーマスかという究極の選択なら、断然ハバーマスだろう、と。

モーヲタ視点

下記のエントリ、まあやっぱりモーヲタじゃない人が読んでも何のことやら分からないな。ちょっと反省します。事情がある程度分かれば結構面白いと思ったんだけれど、「一般人」視点で読み返したら何がなにやらさっぱり分からなかった。まあ症候分析というよりは馬鹿を腐す侮蔑表現のコレクションというところか。品が良くないねえ。

ずっと放置状態のこのサイトですが、何かのきっかけで復活させようとは思っています。さしあたりドラマ批評あたりかな。

それとは全然別にPC関連で。新Mac Book、いいなあ。ほしいけれど、用途が全くない。そんな金があれば今はモー娘。となっちを追いかけて西へ東へ。

グロ言説の症候分析

あまりに「症候分析」としての傑作がかけてしまって、しかし別サイトの追記扱いで書いたのでほとんどの人に読んでもらえないのが無念、と思ってこっちにもアップすることにした。ネットの言説上で、人が狂っていく様がリアルに観察できます。

まあいつものモーヲタどもの諍い話です。

事の発端はモーニング娘。メンバーの道重さゆみが、今夏にモーニング娘。全員が出演したミュージカル「シンデレラ」において、自らに割り振られた役所が台詞が少なかったことに対して、納得できないものを感じて、すこし後ろ向きな態度を取ったことがあった、とラジオで告白したこと。まあ、どこにでもある結果的には美談になる愚痴話です。そんなことからとんでもない論争になるとは!モーヲタ、たまらねえ。

ということで、モーニング娘。主要メンバーであり、シンデレラではメインキャストを務めた高橋愛ファンであると公言しているハッチマンさんという人が問題となったエントリ「道重造反」を10月15日にアップ。これがすべての始まりであった。

それに対して名前を出すのもはばかられる頭の痛い御仁が道重さゆみ擁護のエントリ「道重さゆみのシンデレラ」を10月16日にアップ。さらに続いて「下衆の勘ぐり」をキーワードにしながら、何故かハッチマンさんが高橋愛ファンであることこそがその発言の背景にあるのだ!というまさに「下衆の勘ぐり」をするという楽しいエントリ「ハッチマン氏の発言の問題点について」を翌日10月17日にアップ。ちなみにこの間、その頭の痛いお人はハッチマンさんのエントリにコメントを付けるがハッチマンさんはまともに取り合わず。「下衆の勘ぐり」をするならば、ここでまともに取り合ってもらえなかったことが頭の痛い人の精神をいたく刺激したと思われる。

私が関連エントリ「ウザちゃんピース」をモー娘。サイトのほうにアップしたのが10/17。本来スルーする予定だったが、この「論争」に高橋愛の名を入れたくてたまらない馬鹿が騒ぎ出しているようだったので魔除けのつもりで。しかし当該エントリを読んでもらえれば分かるとおり、道重さゆみ批判をも無効化しようともしている。真っ正面からの擁護はかの発言に違和感を感じた人を逆に刺激する可能性があるゆえ、その違和感をむしろ肯定する方向に言説を編成しようともくろむ(もちろん無力なのは承知の上で)。

その後頭の痛い人がヒートアップして様々な人を巻き込もうと複数のサイトでコメントばらまき開始。自身のサイトでも言及を続ける(このあたりは正確にフォローするのは面倒なので省略)。とにかくハッチマンけしからん!の輿論作りにいそしんだものと思われる。しかしあまりうまくいかず、どんどんとヒートアップ。

ここまでは私は基本的に静観。最初の「ウザちゃんピース」以降は特になにも発言はしていない。

10/21。とつぜん頭の痛い人が狂気に満ちた驚愕のエントリ「問題はビジョンの有無ではなく道重さゆみへの誹謗中傷である」をアップ。自分の味方になる(と勝手に期待していた)人がむしろハッチマンさんの言い分に同調するかの発言を行い、道重さゆみの「ビジョン」を問いただす方向に議論が進んだことが気に入らなかったらしい。

そしてその時点では私は道重さゆみビジョン問題とやらには一切口を挟んでおらず、またそもそもそういう方向での問題意識も持っていなかった。ところが頭の痛い人は何の脈絡もなく、ハッチマンさんと同じ高橋愛ファンの「痛さ」の例として同じくこの問題に何ら口を挟んでいない(どころかここ数ヶ月ハロプロ関連の話題を口にしていないと思われる)つばめさんとともに私の名前を挙げる。しかも私は安倍なつみファンであるし、つばめさんは嗣永桃子ファンであるというおまけ付き(爆笑)。

私は精神をやられている人に取り憑かれたなあ、と困惑しつつ、火の粉を払っておこうと無駄にあがく。精神をやられている人には勝てませんわ。でも一応こういう場合の常として馬鹿に対するお手本としての「正しい」つっこみを実践しようとハッチマンさんに突っ込みを入れる。ハッチマンさんからは望外の丁寧な対応をいただく。

でも想定の範囲内だが、そうした行為はすべて無駄に終わり、頭の痛い人の発狂が続いて現在に至る。

問題はあの馬鹿が拘泥し、謝罪と撤回(笑)を求め続けている「誹謗と中傷」とオレ、全く何の関係もないよね、ということですよ。あの馬鹿が「誹謗と中傷」と馬鹿の一つ覚えで反復し続けているキモの内容の部分はむしろ私の突っ込みでハッチマンさんは撤回はしないまでも、留保はすると明言したわけだ。私は「謝罪と撤回」厨ではないので、もともとそんなことを望んでいたわけではないけれど、あの馬鹿からすれば不十分でも少しは前進だよね。あの馬鹿のわめきよりもよっぽど私のほうが事態は前進させているよね。

そのあたりの評価を最大限に妥協しても、私が道重さゆみへの「誹謗と中傷」とやらに荷担した事実は全くないよね。それとも「ウザい」呼ばわりが「誹謗と中傷」なのか知らん。それを言われると、冗談一つかけなくなるわな。なっちウザなんて私はずっと前から言っているし、オレはなっちを誹謗中傷し続けていたのか!ああ、愛しのなっち、あなたは今何をしているのだろう!。

ところが奴が私のことを語る際に、この騒動の主題であるはずの道重さゆみの言動に対する私の評価については一切、一言も語らないのね。それでもう丸バレな訳ですよ。

このような悲しい誤解を生んだだけに終わるなら、本当に不毛なことで、申し訳ないけれどもシゲさんには泥をかぶってもらって黙って見過ごしていたほうがよかった、と、弱気にもなってしまいます。

「アンジェラスさんが誹謗中傷に同調しないことが分かって安心しました」より

なんてことを書いて、自分は道重さゆみを守るナイトであるかのごとき妄想に浸る振りをしながら、実際には道重さゆみのことなんてどうでもいいってことが。馬鹿だからこういう大見得を切ってもすぐ馬脚を現すのな。

だって、そうでしょ?もし道重さゆみ擁護がメインテーマだったら、私について言及する必要なんて最初から全くなかったわけですよ。むしろ「はたのは気に入らない奴だが、道重さゆみ論においてはいいことを言っている」ぐらいに感謝してもらいたいぐらいだ。そうじゃないなら、道重問題で私の発言のどこに問題があったのか、指摘してみろって話だよ。え、「ウザちゃんピース」が道重さゆみを愚弄している?それは困りましたな。

けっきゃくあの馬鹿にとっては道重さゆみなんてどうでも良くて、自分が正当だと信じ込んでいた突っ込みをまともに取り合ってもらえなくて(謝罪と撤回をすぐにしてもらえるとでも期待していたのでしょうか(笑))、あまつさえ、味方だと思っていた人からも満足のいく反応をもらえなくて、ヒステリーを起こして、周囲に当たり散らしたら、その流れ弾にあたった私が大人げなく反応したものだから、さらにヒステリーを加速させた、とそうとしか解釈できませんね。ナイト気取りも大概にしろ。お前は自分だけが大事な卑怯で馬鹿な2ch引きこもりなのだよ。せいぜい2ch内でお仲間集めてリハビリでもしてろ。どんどん悪化しそうだがな。

というわけで、これからもまったりその病状の進行は観察させていただきますよ。言説上の症候分析が私のライフワークでもあるのでね。まあせいぜい人に迷惑をかけない程度にグロ言説を生産し続けてください。

2ちゃんねるイデオロギーの源泉

ちくま・イデオロギー(1)私にも話させて

2chにおける右翼的言説の源泉を吉本隆明一派に見る。

これは卓見。竹田青嗣や加藤典洋の名が上がっているが、たとえば宮崎哲弥も吉本の影響を強く感じるし、ネット言説にどれほど影響があったかは解らないが、小浜逸郎もそのあたりの主張と連続性をもっている。

さらに思いつきついでにいうと、これらの反左派言説が雑誌「宝島30」あたりを中心に席巻したのはオウム真理教事件での吉本のオウム擁護にこれらの吉本右派(とでも言っておこうか)が一斉に吉本を見限ったときである。かれらは吉本を切り捨てつつも、彼の自立思想とかスターリニズム批判はしっかり受け継ぎ、それらを敷衍して、「人のため」の戦いを否定し、平等主義的言辞を否定するシニシズムを煽った。こうした言説空間がそのままネットにもスライドしたのではないか。

もうちょっときちんと考えてみたいテーマである。まずはクリッピングとして。

無責任を強いるシステム

もはやまともなはてなユーザでもない私がこの件について話を続けるのもなになのだが。

はてなスターはある特定のエントリの内容に関して「褒める」という評価を行うシステムだったはず。いかにも「褒める」とは「評価」に他ならない。なのに間違えて評価してしまっても修正できない。

この件についてわが意を得たりと思うエントリーがあったので紹介。

つか、人の評価を間違いでつけて気にならない人の方が気持ち悪いわ。

「あっ、こいつの言うこと全然ダメだけど間違えて褒めちゃったー、でもまあいっかー」

ってどんだけ無責任よ。

褒めたくない人まで褒めて「もう褒めちゃったからあきらめてください」って何よ

kyoumoe dovrebbero funzionare per vedere CLANNAD.の7月13日のエントリ「?」

付け足せば、評価とは個別エントリに対してなされるものでなければならない。しかるにこのスターシステムはエントリに対して付けたはずの評価が書き手同士のつながりを構築してしまう。なに、この談合的評価システムは。内輪で評価しあってコミュニティを形成し、内輪コメントシステムで陰口をたたきあう、とか。

逆に個別エントリに評価すべきものがあっても、それ以外の部分で相容れないものがあったり、特に「馴れ合い」などしたくない書き手の記事には星印はつけられない。評価システムとしては完全に破綻しているのだ。

結局このシステムは内輪コミュニティ形成システムとしてしか使えない。それも一ヶ月に一回(だっけか)お互いに星印を付け合うことが義務付けられた内輪コミュニティ。

個人的にはmixiより不気味なシステムだ。

最初数あるブログシステムからはてなを選んだときには、その画面のシンプルさ、タグを書かなければリンクもはれなければ、文字も大きくできないそっけなさ、そういうのが好きだった。でも完全に方向が違ってしまった。

今では好きになれないブログシステムの上位に入るようなものになった。